第2章 ある娼婦と海賊のはなし ~ゾロ編~
中に入ってみると、土の匂いと動物の死骸の匂いが立ち込めている。
長いこと放置されている証拠だ。
ゾロは構わずに奥へ進むと、話し声のようなものが聞こえてきた。
「お前に選択肢などない!!」
バシンッと、鞭のようなもので叩く音が響く。
直後に聞こえてきた悲鳴は女のもので、その声に聞き覚えがあった。
“私は・・・クレイオ”
昨晩出会った、体中に鞭で打たれた痕を残していた娼婦。
彼女の声に間違いない。
10メートルほど先に、小さなランプの灯りが見えた。
目を凝らして見れば、地面で蹲る女に一人の男が鞭を振り上げている。
「今更、人間扱いして欲しいとでもいうのか、クレイオ!」
「申し訳ございません! 私は・・・私はただ・・・」
「黙れ、“人間以下”の分際で私に意見をしようというのか!!」
ヒュッと、大きくしなる鞭が振り下ろされる。
次の瞬間、鞭は女の肌を裂く前に持ち手の部分を残して真っ二つに切れ、ボトリと死んだ蛇のように地面に落ちた。
「・・・は?」
一瞬、何が起こったのか分からなかったのだろう。
男は唖然としながら後ろを振り返ると、ちょうど一本の刀を鞘に納めていたゾロと目が合った。
「どのような事情があるかは知らねェが・・・」
頭を抱えながら蹲っていたクレイオも顔を上げる。
「そこの女とは一夜をともにした縁がある」
これだけ動物の死骸の匂いが漂う場所だ。
“一つ”くらいそれが増えても問題ないだろう。
「殺されたくなければ、今すぐその女をここに置いて消えることだな」
二人とゾロとの間には、優に10メートルはある。
そこから振り上げられた鞭を斬ったというのか・・・?
常人には想像もつかない剣術。
なにより、暗闇の中で光らせている瞳は、野獣のそれだ。
男は悲鳴に近い声を上げると、地面に置いていあったランプを蹴り倒しながら、ゾロの横をすり抜けるようにして逃げていった。