第4章 真夏の夜の夢(ルフィ)
気温35度を超えるうだるような暑さの中、一人の老婆が黒いフードを目深に被り、大小さまざまな店や屋台が両脇を埋め尽くす大通りを歩いていた。
身長は150センチもないだろう。
背中は大きく曲がり、杖を持つ手はシミだらけで節くれだっている。
加えて頭の先からつま先までを真っ黒なマントで覆うその姿は、小さな子どもが「魔女! 悪魔!」と泣きだしてしまうほどだった。
彼女がそのような風貌をしているのには訳がある。
77年前。
彼女が生まれた時、母親は赤ん坊のあまりに醜さに驚愕し、床に落としてしまったという。
もしかしたら、そのまま殺してしまった方が幸せだと思ったのかもしれない。
赤ん坊は一命を取り止めたが、どうしても我が子を愛せない母親は育児を放棄し、よそに男を作って出ていってしまった。
父親もしばらくは男手一つで赤ん坊を育てていたものの、成長するにつれて醜さを増していく我が子に耐えきれず、ある嵐の夜、荒くれだった海に幼い少女を突き落とした。
運命はかくも不思議なもの。
一枚の木板が小さな身体を沈まないように守り、彼女は翌朝には岸へと送り返されていた。
そこへ通りがかった老いた漁師に拾われ、幼い命は救われたのだった。
憐れに思った漁師夫婦に育てられながら、彼女は考えた。
どうして自分は“醜女”として生まれてきたのだろう。
この顔を見た人間は誰もが大笑いをするか、そっと目を逸らすほどの醜さなのに、どうして両親の手で死なせてくれなかったのだろう。
そして、いつしか考えることをやめた。
生まれてきた意味ではなく、いずれ訪れる死について考えよう。
醜い自分が今できることは、誰にも迷惑をかけないよう、人目につかないように暮らすこと。
老婆は女としてだけでなく、人としての一切の幸せを諦め、漁師夫婦が残してくれた島外れにある小屋でひっそりと暮らしていた。