第7章 restart
「私に……?」
不思議に思い首を傾げる私を見て、彼は僅かに口の端を歪ませる。
「助かったよ。
君が一人で出て来てくれてさ。
………手間が省けた。」
じりじりと私に近付く彼の纏う不穏な空気に気圧され後退ってしまうけれど
「ああ、逃げなくても大丈夫だよ。
僕は廃棄物(エンズ)じゃないから。」
その言葉が私の足を留めさせた。
そして彼は唐突に私の鼻先に小瓶を突き付ける。
「あ………」
酷く甘い、なのに刺激的な香りにクラッと目眩がして私は彼に向かって倒れ込んだ。
彼の胸に抱かれて薄れていく意識の中、私の耳元で九郎判官義経は愉快そうに囁く。
「………漂流者(ドリフ)でも無いけど…ね。」
意識を取り戻すと、私は見た事の無い部屋に寝かされていた。
此処はどこ?
あれからどれくらい時間が経っているんだろう?
考えてみるものの、部屋中に充満するあの甘い香りが思考を掻き乱す。
まるで脳髄を溶かされたように激しい頭痛がして吐いてしまいそうだ。
此処に居ては駄目だ……だけど声も出せず身体も上手く動かせない。
助けて……豊久。
この香りを嗅ぎ続けていたら、豊久の事ですら忘れてしまいそうで怖くて堪らない。
助けて……助けて……………豊久。
朦朧とする意識を必死で繋ぎ止めていると部屋の扉が静かに開き、『あの人』が姿を現した。