第5章 1864年 ー文久四年・元治元年ー 【前期】
女を慰める方法など俺は知らない。
それにあんたは今、慰められたいわけではないのだろう?
だが、今は甘えて欲しい…そう思った。
「…私が怖いと甘えて泣いてしまっては、斬った隊士さんに失礼ですから。」
この女は何を言い出すのか。
「いつか…私が人を殺めることになった時、怖いと泣かれるのが嫌なだけです……自分勝手な理由でしょう?だから、怖がってなどいないのです。」
小さく笑いながらそう言うのだ。
そうして、指で目元を拭い、やっとこちらに顔をむける。
目は少し赤いが・・・やはり、いつもの笑顔だ。
「斎藤さん、ありがとうございます。少し、興奮してしまっただけですから…」
こちらを向かれて気がつけば、俺は随分と大胆な行動をしていたようだ。
俺の腕の中で、夢主(姉)が体ごと向きをかえてしまえば、今更、抱きしめていることに体の熱が上がる。
俺の顔は今赤いだろう。
夢主(姉)はそんな俺を下から覗き込んで、にっこりと笑いかけてくる。
「…すまない」
俺は腕を解いた。
「斎藤さん、ありがとうございました。では、失礼します。」
そう言って立ち上がり、ふわふわと部屋を出ていく夢主(姉)は、やはり顔色が悪い。
どこかで一人泣くのだろうか。
女の泣き顔など、見たいとも思わなかったが・・・
いつか俺にあんたの泣き顔を見せて欲しい、
と、そんな気持ちになった。
まだ明るい午後の陽射しの中、まだ稽古を続ける平助と夢主(妹)の姿が見えた。
ふと、人を斬るという覚悟に悩む夢主(妹)のことを思い出した。
ああそうか。
夢主(姉)、あんたは泣いてなどいられないのか。
いつか覚悟を決めたあんたの妹が人を斬ることになるのなら・・・
その時俺は全力で夢主(妹)を支えよう。
あんたが堪えなければならないものが減るのなら。
ふたつでひとつ
そんな言葉をふと思いついて、俺は小さく笑うのだった。