第9章 1864年【後期】 門出の時
それから賑やかな時間は過ぎて、私は夕餉の支度をしに行く時間になった。
一緒に作ると言ってくれた夢主(姉)ちゃんだったけど、今日の夕餉のお当番の隊士さんは夢主(姉)ちゃんの事を知らない方だったから、申し訳ないけど断った。
じゃあちょっと壬生寺にでも行ってこようかな、と部屋を出る夢主(姉)ちゃんに、夕刻の沖田さんのお薬を頼む。
沖田さんと夢主(姉)ちゃんがもしも・・・もしもすごく仲良くなって・・・その・・・恋仲にでもなってしまったら、私は苦しくて仕方ないのかもしれないけれど。
それよりもすごく寂しそうな沖田さんが気がかりだった。
今を逃せば、もう夢主(姉)ちゃんと会うことはしばらく出来ないのに。
そう思ったら、お薬を夢主(姉)ちゃんにお願いすることしか、今の私には出来ないから・・・
少しでも沖田さんが喜んでくれたらいいなって・・・それだけを思った。
「あ!そうだ!夢主(妹)、千鶴ちゃん。これ。」
そう言って夢主(姉)ちゃんがくれたのは、小さな手鏡。
「わあ!お姉ちゃん!この時代の鏡ってめっちゃ高かったんじゃないの?」
驚く夢主(妹)ちゃんに続いて、
「こんな上等なもの・・・」
と、私も思わずこぼしてしまう。
「んー?甘味屋お佳のお給金を、土方さんが受け取ってくれなくて。自由に使っていいって言われたから、全然へのかっぱだよ。」
にっこり笑う夢主(姉)ちゃんに、ああ・・・このひとには到底敵わない・・・そんな気持ちでいっぱいになった。
敗北感とかそういう敵わないではなくて・・・
私は夢主(姉)ちゃんに出会えて本当によかった。
「あのね、悲しいことや辛いことがあったら、鏡を覗いて笑ってごらん。なんとかなるから。」
これは私の小さい頃からのおまじないなの、と言う夢主(姉)ちゃんは、そういえば常に笑顔を絶やさない。
「うん・・・ありがとう。」
小さくそう言って、泣き出しそうな夢主(妹)ちゃんにつられて、私も涙が目尻に溜まってきた。
夢主(姉)ちゃんは笑顔で居る事の強さを、私に教えてくれた。
「じゃ、ちょっといってくるね」
私達が泣きだす前に部屋を出て行った夢主(姉)ちゃんを見送る。
悲しい空気を流さないように・・・貰ったばかりの鏡をそっとのぞいて微笑んでみた。