第8章 1864年【後期】決意の時
翌日、山南さんの部屋へ向かうと、珍しく襖が開いていた。
開けたままの襖に近づいて、「山南さん」と小さな声で呼んでみる。
「…夢主(姉)君ですね。どうぞ。」
よかった…今日はわりと機嫌が良さそう。
その声色からそう感じ取って、少しだけほっと胸をなでおろした。
冷たくあしらわれるのには慣れているとはいえ、それなりに傷つく。
ちらりと襖から顔を出して、
「こんにちは、山南さん」
と、笑顔いっぱいに挨拶をしてから、部屋へ入った。
「十分空気は入れ替えることができました。夢主(姉)君、申し訳ありませんが…襖を閉めてもらってもよろしいですか?」
は~い、と明るく返事をして、襖を閉めて、持ってきたお茶を出す。
「だいぶ風が冷たくなってきましたからね……」
左腕をさする山南さんの、次に出る言葉は決まってる。
「「左腕の傷に染みます」」
「な…」
私はわざと言葉を重ねて少し笑顔を作ってから、
「具合はいかがですか?からかうつもりなんて全くないのですけど…。最近の山南さんは口癖みたいにそれを言うから、嫌がらせしたくなります。私、優しくないですし。」
少しだけ冗談と本気が半々混ぜて、山南さんを睨んで見せた。
山南さんは、ふぅ…と溜息をつくと、あいかわらずの冷めた表情で私を見つめる。
はじめこそ飲み込まれてしまいそうな負のオーラには、もう全く動じなくなった。
「……大方、新しく入る幹部について聞いて…私の様子を見にきたのでしょう?」
さすが山南さんは鋭い。その通り…なのだけれど、私の本題はそこではない。
「まぁそれもあるんですケド…山南さんに相談があるんです。」
私の言葉に口元に持って行った湯呑みが止まった。
「…相談…ですか」
「はい」
にこにこしながら山南さんを見つめる。
「私に相談ですか……。考えましたね?今の私に剣術の稽古をつけることはできませんが…相談になら喜んでのりましょう。」
「結構本気な相談ですけど…聞いてくれますか?」
山南さんの皮肉をスルーして、目の前に姿勢を正して座り直せば、
「…うかがいましょう。」
と、その表情は、冷たいものから少しだけ優しいものに変わった。
そのとき、胸の奥の方がコップの水をこぼしたみたいにじんわりとうずいた気がして、緊張してるのかな私…とふぅ、とひとつ息をはく。