第8章 1864年【後期】決意の時
「呼び出したのはそれだけだ。悪かったな、こんな時間に。」
「いえ。では失礼します。」
ぺこりとお辞儀をしてから、立ち上がると、
「聞いたぜ?」
「?」
「言い寄られまくってるそうじゃねぇか。」
ふいにそう言われて、思わず立ち止まる。
「・・・ええ、まぁ」
諜報の為に甘味屋さんで働き出して二ヶ月・・・男の人からお手紙を貰ったり、誘われたり、ということが多々あった。
でも、文は何が書いてあるかなんてさっぱり読めなくて、夢主(妹)に読んで貰ってる。
「いい奴いたか?」
「まったく。」
冗談まじりにそう言ったあと、土方さんの表情は険しいものに変わった。
「まぁ・・・ないと思うが・・・わかってるな?」
土方さんの目は鋭くて、その声色は厳しい。
何が言いたいかわかる。
私が男の人を好きになっちゃって、万が一にもその人が敵対する相手だったら・・・って心配してるんですよね?
「ふふふ。ないですよ。言い切れます。」
思わず笑ってしまったけれど、語尾に真剣さを込めて返した。
その返事に、少し口角をあげて口元だけの微笑みを返す土方さんに、もう一度ぺこりとお辞儀をして部屋を出た。
男の人を好きになっちゃう・・・か・・・
ここに来る前、それなりに彼氏はいたし、言い寄られることも少なくなかった。
でも・・・
ないんだよね・・・ちゃんと好きになったこと。
そんなこと言ったら、付き合ってた人達に失礼だけど。
土方さんの部屋から出るとすぐに目に飛び込んできた、空に浮かぶ月をぼーっと見上げた。
残暑も明けて、夜風は少し冷たくて・・・秋の音がする。
江戸から新しい隊士達が到着するのはきっともっと寒くなってから。
それまでに・・・決めなくては。
ふと通り抜ける夜風に肩が震えた。