第7章 1864年ー元治元年ー【後期】
ごほっ
少し肌寒くなってから、夕方と朝方になると必ず咳が出る。
千鶴ちゃんは薬と一緒に、夕餉時にもあまり食べない僕に、小さい握り飯も持ってきてくれる。
優しい子だよね。
綱道さん、早く見つかるといいね。
いつもせっせと働く千鶴ちゃんを見るとそんな風に思う。
たまに・・・そんな僕に頬を赤らめる時がある。
その意味を、僕はなんとなくわかっちゃってるけど・・・僕は・・・。
いつもの足音とは違う足音が近づいて来たのがわかった。
千鶴ちゃんじゃない。
これは・・・
「何?夢主(姉)ちゃん。」
「お薬です」
「千鶴ちゃんは?」
「夢主(妹)達とお出かけ中です。」
「そう」
夢主(姉)ちゃんの方は向かずに、縁側に座って空を見上げたまま。
「飲んで?」
そんな僕に近づいてくる夢主(姉)ちゃんに何故だかすごく苛々した。
あの布団を変えてくれた日から随分たつけど、あの日以来僕に薬やら何やらしてくれるのは全部千鶴ちゃんで・・・夢主(姉)ちゃんは全然来なかった。
まあ僕がいたずらしちゃったから、避けてたのかもしれないけど、それにしてもなんだか苛々する。
「はいっ」
僕の横に座って、湯呑みを差し出す夢主(姉)ちゃんを、あからさまに無視をして、そのまま空を見上げた。
ふぅ、と隣から夢主(姉)ちゃんの小さなため息が聞こえてくる。
もっと困ったらいいよ。
そんな底意地悪い事を思ってしまうのは何故なんだろう。
そのまま夢主(姉)ちゃんは僕の隣に座って、薬をすすめるでもなく黙ったままそこにいた。
ああ苛々する。
「具合、どうですか?」
黙ったままだった夢主(姉)ちゃんが沈黙を破る。
「関係ないでしょ」
苛々を声に乗せてそう言えば、さすがに怒ったのか再び夢主(姉)ちゃんは黙った。
しばらくそのまま沈黙は続いたけれど、
ふぅーふぅー
と、湯呑みに息を吹きかる音が聞こえて、思わず夢主(姉)ちゃんを見れば、湯呑みが僕の口元に近づいてきた。
「多分もう熱くないですよー。」
暢気な声。
なんでこんなに苛々するんだろう。
少し上目遣いで、両手で湯呑みを持って、口元に持ってくる夢主(姉)ちゃんの手首を強引に掴んだ。