第6章 1864年ー文久四年・元治元年ー【中期】
なんだか、そんな斎藤さんの表情を見たことがなくて、思わずじっとその顔を見つめていれば、
「すまない。こちらの話だ。」
そう言って、立ち去ろうとするものだから、私の悪い癖がめきめきと沸き起こってきて・・・
「あ、斎藤さん、髪に埃が・・・」
この行動は、この前怒られたばかりだけど、もう少しだけ斎藤さんに絡んでいたくなったのだから仕方ない。
私は斎藤さんに近付いて、髪の毛に手を伸ばす。
髪の毛に触れるほんの少し手前で、私の手首は斎藤さんに捕らえられた。
「戯れは好かぬと言ったはずだが。」
相変わらずの厳しくて低い声で、私の悪戯は阻止されてしまった。
にこり、と笑顔を向けて、髪の毛に触れようと伸ばしていた手をひっこめようとすると、
「すまない」
と、斎藤さんは、掴んでいた私の手首を離した。
この前より、掴まれる力は弱められていて、手首は赤くなってない。
斎藤さんの手の感触だけが残ってる。
桶を持って歩いて行く斎藤さんの後ろ姿を、ぼーっと見つめた。
掴まれた手首がなんだかくすぐったい。
斎藤さんが見せてくれた笑顔と掴まれた手首の感触に、私はしばらくその場から動けなかった。
私のここに居る「志」は、きっと斎藤さんとは全然違うけど・・・私は私でここに居たいと思うから、私に出来る仕事をするだけ。
桶に汲んだ井戸水に足を浸けて、ぼーっと空を見上げる。
「夢主(姉)君!」
そんな姿を山崎さんに見つかって、
「他の隊士達に見られたら――――」
沢山小言を言われたけれど、それもなんだかとっても嬉しくなって、
「ごめんなさーい」
と、舌を出して山崎さんをおちょくった。
「今日の君は幼く見えるな。」
小言を中断して、少しだけ微笑みながらそう言う山崎さんを見て、さっき同じように少し微笑んで同じような事を言っていた斎藤さんを思い出す。
掴まれた手首にそっと触れて見れば、なんだかまだくすぐったい気分になった。