第16章 さりげない優しさ
◆◇黄瀬視点
ふとケータイのディスプレイを見れば、時計は5時を少し過ぎていた。
俺はケータイを閉じ、2人に向き直った。
黄「笠松さーん、そろそろ帰らないッスか?」
笠「ああ、そうだな」
そう言って笠松さんは座席下にあった自分の鞄を肩から提げた。
伊織ちゃんも自分の腕時計をちらりと見て、自分の荷物をまとめ始めた。
黄「腹減ったッスねー。何か食べていきません?」
笠「俺は別にいいが。お前は外食とか大丈夫なのか?」
黄「大丈夫ッスよ!バレてもどうにかなるッスよ多分」
笠松さんは「本当か?」と言わんばかりに疑り深い目をしていた。
その奥では伊織ちゃんがちょうど帰り支度を整えたらしく、俺たちを気遣ってかそそくさと立ち去ろうとしているのが見えた。
俺は笠松さんの後ろにいる彼女に声をかけた。
黄「そうだ!せっかくだし伊織ちゃんも一緒にご飯行かないッスか?」
彼女はすぐさま手の動きを止めて振り返った。
目と目が合う。
かなり驚いたようで目を丸くしていた。
黄「おなか空いてない?ちょうどご飯時って感じがするんスよねー。俺もうペコペコなんスよ」
伊織「えーと、んー…――」
彼女はふいと視線を逸らして考え込む。
ほんの軽いノリで声を掛けたつもりだったのにここまで真剣に考え込まれると…何というか逆に俺も声を掛けづらくなる。
その時、俺達の様子をじっと見ていた笠松さんが不意に口を開いた。
笠「この後家に帰るだけだろ?ひとり暮らしなんだし、たまには一緒に食ったらどうだ?」
彼女ははっとしたように顔を上げ、笠松さんを見た。
驚いた顔も一瞬のことで、すぐさまばつの悪い顔をして口をすぼませた。
伊織「それはそうですけど……」
黄「じゃあ決まりッスね!」
俺はケータイを取り出し、早速店を探し始めた。