第11章 楽しいこと
実は気付いていた。
跡部さんのアイツを見る時の優しい視線とか、仕草とか、そんなの。
でも付き合ってるとまでは思わなかった。
不思議そうに俺の顔を覗き込む野薔薇を思わず抱きしめて口付けてしまったけど「だめ」という単語に少し安心してしまった。
『いや』じゃなかった。無意識か思いやりかは解らない。
でも、その言葉に少しだけ気持ちが楽になった。
きっともう少し前に俺が告白したとして、付き合ったとしても、野薔薇は跡部さんに恋をしたんじゃないかと思った。
俺も、女だったら恋に落ちていただんじゃないかと思うくらいだ。
だから、思ったんだ。
あの美しいテニスをする人は、素顔で笑えない彼女を笑わせてくれるんじゃないかって。
跡部さんと言った時に頬が緩んだ野薔薇を見たら、割り込む隙が少しもないのだと解った。
涙は出なかったが、悔しい気持が込み上げて大事にしてやってくださいと言うことしか言えなかった。
長太郎も俺も敵わない。
跡部さんにじゃない、野薔薇の笑顔にだ。
ずっと笑顔でいてほしい。大切な幼馴染。
気分が悪い。教室に戻りたくない。
保健室の扉をあけると保険医が振り返った。
「今日はテニス部の来客が多いわね」
困ったような笑顔を見返すと「顔色が悪いわね、早退する?休む?」と聞かれた。
「休ませてください…」
「いいよ、何組だっけ」
「2年F組です」
「ん、おっけー、先生から言っておいてあげるからゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます」
ベッドに入ると「君は何組だっけ?」と保険医の声がした。
「C組です」
聞き覚えのある声に仕切られていたカーテンを開くと、目の縁が赤く、さらに頬を腫らした長太郎が大きな身体をびくっと動かした。
保険医が出て行くのを音で確認してから長太郎に話しかけた。
「お前、こんなところで何やってんだよ」
「…野薔薇に振られた」
「はぁ!?」
思わず大きな声が出てしまい、自分で口を押さえた。
「で、跡部さんに殴られた」
「告白しただけでか?」
横暴すぎるだろ。
「ううん、俺、キスしちゃった…から…」
「はぁ!?」
再度驚いてしまう。そりゃ殴られるだろ。人のこと言えないけど。