第9章 友情と愛情
昼休み、今朝忘れてきてしまったハンカチタオルをコートに取りに来ると、部室の壁際に長太郎がしゃがみ込んでいた。
そっと近付き後ろからおぶさる。
「ちょーたっ」
「うわ!びっくりした〜野薔薇、おどかさないでよ」
肩越しには猫がいて、おどろいた長太郎に猫までおどろいていた。
「わ、可愛い。猫ってあんまり近くで見たことなかったや」
私が言うと、猫はビクリと反応して駆け出してしまった。
「ああ…ごめん、ちょた」
動物に好かれるのってどうやるんだろう?長太郎はすごい。
長太郎はおんぶ状態の私を剥がすように退けた。
「ごめん、怒った?」
いつもならそんな風に退けられないので不安になる。
「怒ってないよ」
いつもの長太郎じゃないように見える。
「ちょた、何か、元気ない?どうしたの?」
覗き込むと眼鏡を取り上げられた。
「あ、ちょた、もう、返して」
眼鏡に手を伸ばすとひょいと避けられてしまう。身長180を超える長太郎の手の先には、どうやっても届かない。
「どうしたの?」
もう一度聞くと、長太郎は微笑むのをやめて無表情に私を見た。
珍しい。
真面目な話がしたいのだと思い、建物の壁にもたれた。
「今日は昼休み何もないし、話、聞くよ」
「うん…」
無表情から一転、こちらまで心細くなるような不安そうな表情になる長太郎。
そして再び何かを決心したような、真剣な表情になった。
そのくるくる変わる表情、羨ましい。
「野薔薇、元気になって、良かった」
「うん、ありがとう」
今朝も聞いたセリフにお礼を述べると、私を見下ろしていたはずの長太郎の顔が目の前にあった。
私の唇に、柔らかい唇が重なっていた。
私はそれを、嫌悪するでもなく、ただそこに触れたものとして認識していた。
「ちょ…た…?」
唇が離れ。抱きすくめられる。
「ごめん、もう諦めるから、少しだけ」
ぎゅうと抱き締められる。景吾とは違う力強さ。
「…ありがとう」
声をかけると長太郎が身体をびくりと震わせた。
臆病な大型犬みたい。
大事にしてくれて、ありがとう。
長太郎の髪に少し触れる。震えているのが分かった。
ごめんね。