第8章 謝罪
「本当に、申し訳ありませんでした」
男子生徒の頭を一緒に下げさせる、その親。
それを横で見る景吾と私。
「…謝る相手が違うんじゃねーのか」
景吾は既にお怒りモードだ。
校長に頭を下げでいたおばさんが顔を上げ怪訝な表情をしたけど、景吾を見てぱっと赤くなった。
「あの…こちらは」
榊監督が意味もなく(あるのかな)フッと笑った。
「彼はテニス部の部長の跡部くんです」
「あら…まぁ、あの跡部財閥の…本当に、息子が申し訳ありませんでした」
今度は景吾に頭を下げるおばさん。
「だから、謝る相手が違いませんか?僕は怪我をしていません」
さっきとは打って変わって丁寧な言葉遣いをした景吾の視線は、言葉と裏腹に怒りに満ちている。
おばさんはようやく私に視線を合わせた。
目が合う。
「まぁ、お顔に傷が付かなくて良かったわ、女の子ですものね」
謝罪というより私の顔を見て安心しているように見えた。
「…そうですね。私の顔に傷が付くと、たぶん母が訴訟を起こしていると思うので、良かったですわ」
わざと丁寧な口ぶりで言うと、おばさんは口の端で笑みを作った。
「あらあら、大切にされているの……ね……」
言葉尻が消えていく。
眼鏡を外した私を見ておばさんが絶句していく様子が可笑しかった。
可笑しいけど、完全に眼鏡を外してしまうと笑みは消えていく。
「私の母、女優業をしていたもので、私の顔が瓜二つなものですから、万が一傷が付いていたら本当に裁判所でお会いするところでしたわ」
口角を上げたつもりだけど顔は動かない。
きっと、私は人形の様に冷たい目でおばさんを睨みつけている。
景吾と二人の時は平気なのに。
「もっ申し訳ありませんでした…!!」
床に擦り付けんばかりにおばさんが膝を着いた。
女の敵は女だ。美醜の差が明らかな場合、服従するか逃げるかだ。
「アンタも謝りなさいっっ」
すごい剣幕でおばさんが振り返り息子も頭を下げた。
「もう結構ですわ。今後私には近寄らないでくださいませね」
髪をかきあげ言うと、おばさんは尚も怯えた様に「はい」と小さく言った。
景吾に背中をさすられ少し落ち着く。
「では私はこれで」
一礼して眼鏡をかけ、にっこり笑ってみせた。
ああ、笑えた。
そう思いながら校長室を後にする。