第4章 どこにも行かないで
「思ったより足に力が入らないの」
景吾が髪を撫でる。大きな手が気持ち良い。
「連れて行って欲しいのか?」
え、お手洗いまで?
黙ると景吾がもう一度私の髪を梳いて微笑んだ。
「ほら、お前はこの点滴の掴んでろ」
絡まないように点滴のチューブを寄せカラカラを持つと、身体がひょいと持ち上がる。
「お前、もう少し鍛えろよ、軽すぎるぜ」
恥ずかしくて顔が見れない。肩に顔を埋めた。
点滴のやつはカラカラと音を立て、景吾はゆっくり歩いてくれる。
お手洗いの前に着くとそっと身体を下ろしてくれた。
「ありがと」
「ああ、立てるか?」
「ん」
扉を閉めると、急に怒りが湧いてきた。
野球ボールなんて普段絶対に飛んでこない。テニスコートは他の部活が近付くことはない場所だ。
絶対に意図的だった。
手を洗ってのろのろと扉を開けると、景吾がホッとした顔をしていた。
「ごめんね、心配かけて」
「全くだ…と、言いたいところだがお前に非はねぇ」
「ん、私もそう思う。やっぱり、故意だよね?」
「ああ、多分な」
景吾の小さな怒りを感じる。景吾は心を乱さなくて良いんだよ。っていうか、乱さないで欲しい。いつも堂々としていて。
「歩こうかな、手、繋いでくれる?」
「ああ、お手をどうぞ。お嬢さん」
差し出された左手に右手を乗せゆっくり踏み出すと、先ほどよりは歩けた。
「2日も寝てたら、力も入らなくなるぜ」
「悔しい、絶対許さない」
「勇敢だな」
「こそこそする奴が1番嫌い」
私が憤っているのを見て景吾が笑う。
「元気だな」
「うん、犯人見つけたら顔が変わるまで拳を打ち付けてやりたい」
「お前、さっきまで死んだように眠ってたのにな」
景吾の顔が寂しそうに笑う。
ごめんね、心配かけて。
「犯人、見つけてるけど、お前の前に突き出したらお前が犯罪者になりそうだな」
困ったような笑顔。本当にごめんね。
景吾の頬に手を伸ばすと、景吾が目を瞑った。
「眠っている間、夢を見たか?」
「うん、見たよ」
「ほう、覚えているのか」
「うん、昔のこと。幼稚舎の時のことと、景吾を見つけた時のこと」
景吾が目を開いた。
「俺を見つけた時、だと?」
「うん、聞きたい?」
「ああ、聞かせろよ。とりあえず病室に戻るぞ」
「ん」
ゆっくり歩みを進めた。