第1章 始まりのバラード
不意に、目が醒めた。
彼女、天海ありさが寝返りを打ったせいだろう。
僅かに身を起こし、俺は反対側を向いてしまった彼女を見下ろすように眺めた。
白く華奢な肩を出して、枕を抱え込んで眠っている。
首筋を流れる黒髪の間から、1つ、2つと、自分が咲かせた赫い花。
――浴室での情事を思い起こす。
いつになく求めすぎた自覚はあった。
それが、どれほど彼女の負担になるか、頭の片隅で警告も発せられていた。
それでも。
(欲しかった)
…頻繁に会えない理由は他の誰でもなく自分の側にある。
プライオリティの最上位に彼女を置かぬ身の上で、会うたびに肌を求めるそれは「我が儘」などと言う可愛い代物ではない。
だが…その傲慢な振る舞いを、彼女は、抱きとめてくれる。
“それでいいよ”
細い腕で俺の頭を抱いて、説くように、諭すように語ってくれた彼女。
“あなたが1番大事にしているものを、私も大事にしたいから”
温かな声音を、笑みを、自分は一生忘れない。
「ありさ…」
名前を呼んで、俺は彼女の顔にかかる髪を静かに退ける。
伏せた睫毛を微かに震わせ、ありさが「ふふっ」と小さく笑う。
どんな夢を見ているのだろうか?
黒髪を一房手に取って静かに口付けを為す。
そして、俺は、唯一無二の眠り姫の寝顔に釣られて思わず頬を緩めた。