第11章 儚きものが散りゆくは。
四月になった。
桜の舞うその日、俺は入学式の手伝いで学校に来ていた。
各クラス二名の手伝い要員は、自分の分担が終わると早々に引き上げていった。
なんとなく。
一年前のことを思い出して、テニスコートの方へ足が向かった。
あの人を初めて見たときと今とでは、全然印象が違う。
あのときは、線が細いのにとても力強い人だと思った。
けれど今は…。
憧れたあの人の面影はほとんどなく、この桜のように儚げだ。
もちろん、部の中では手塚部長に次いで強いままだけれど。
戻ってきて欲しい。
そう思うのは、俺のわがままなんだろうか。
「不二先輩……」
あの日のように一人練習をする不二先輩。
違うのは、力任せにラケットを振っている様子。
なんだか自棄になっているように見えて。
「不二先輩。そんなやり方…腕、痛めます…」
「…海堂…」
汗だくの先輩に、タオルを差し出す。
その顔が、一瞬泣き出しそうに歪んで…笑った。
「また、見られちゃったね」
内緒だよ、と唇の前に人差し指を立ててから、俺の手からタオルを受け取る。
顔の汗をぬぐうようにしてタオルを押し当てて、動かなくなる。
「先輩…?」
「あー…うん…ちょっと、待って…」
タオルでくぐもった声が、ほんの少し震えているような気がしたから。
なんだか、そうしなくてはいけない気がしたから、だ。
不二先輩の両手を掴んで、タオルを奪い取った。
「えっ、あ、だめっ」
びくっと体が震えて、露わになったその顔。
目が赤い。
「……」
なんで、泣いてるんですか。
そう聞きたいのに、声が出ない。
じっと濡れた瞳を見つめる。
「な、に…どう、したの…」
不二先輩の声が震えている。
それは、こっちのセリフだ。
俺と話すとき、いつも無理したように笑う。
泣きそうな顔を見せる。
そして今日は、泣いている。
それなのに、俺は何も言えなくて、ふしゅ…と息をつく。
こういうとき、どうしたらいいんだ?
俺は、不二先輩にこんな顔をさせたいわけじゃねぇ。
「……」
咄嗟に俺は掴んだ両手を引っ張って。
腕の中に、その華奢な体を閉じ込めた。