第1章 いつもある風景が少し変わるとき
テニス部に入部した理由に、その人が多少なりとも関わっていたことは否めない。
それでも、前からテニスがやりたかったのである。
入部初日、先輩たちの前で自己紹介をしたとき、海堂はにこにこと微笑んでいる彼を見つけた。
『不二周助』というらしい。
海堂はその日一日、何とはなしに彼を目で追っていた。
とはいえ、部の決まりごとなどの説明も多々あって、そちらばかりに気を取られていたわけではないが。
それから数日、海堂は色んな先輩を目にしてきた。
二年にしてすでにレギュラーである、頼りになる大石、天才と呼ばれる不二、不敗伝説を持つ手塚、データを駆使する乾に、アクロバティックプレイの菊丸。
大石や乾が主だった一年の指導をしていたが、時折手塚のアドバイスが入ったりして、一年たちは先輩の名前を覚え始めていた。
今日のルール説明で初めて、試合形式を見ることになる海堂は、不二の練習姿をあまり見ないことが気になっていた。
手塚はよく別メニューをしていたり三年に交じっていたりするのに、天才と呼ばれるほどに実力があるのだろうに、不二はそれほど練習に熱心ではないように感じられた。
手塚に比べれば、練習量はずいぶん少ない気がするのである。
不二と金本の試合が始まった。
テニスのルールは、大石の説明とルールブックで大体覚えている。
一年たちは皆、試合に見入っていた。
そんな折、通りがかったヒラ部員の三年生が、ぽつりと漏らした言葉が耳に入った。
『いいよな…天才は。それほど練習しなくてもいいんだから』
海堂はチラリとそちらを見たが、すでに三年生は背を向けて歩き出していた。
何だか釈然としないまま、海堂は再びコート上に視線を移したのであった。