第4章 気持ちを拾う人。
「行っちゃった…」
先輩の心もとない声が、背中にかかる。
俺が振り向くと、そこには少し驚いたような顔の先輩。
ここに俺がいるなんて、思ってもなかったんだろう。
「どうして…?」
「アイツは…友達だし…」
そう応えると、不二先輩は微笑した。
いつもの、他人を拒絶するような微笑みだ。
先輩の笑顔は、他人に本音を気取られないようにするための仮面。
「不二先輩」
「ん?」
「…裕太がいなくなって…寂しくないスか」
「そりゃ、寂しいよ? でも、裕太の選んだ道だしね」
『兄』の顔をして、不二先輩は言う。『兄』と言う肩書きがどれだけ重いものなのか。
俺は『弟』として縛られ続けた裕太と、『兄』として縛り付けられていた不二先輩は同じくらい辛いと思う。
「…もう、兄貴って呼ばれること、少なくなるっスね」
「…………うん」
先輩は小さく頷いて、家に入って行った。
俺も背を向けて、自分の家に向かって歩き始めた。
『兄』であることは、意外に辛い。
常に年下の者の手本になれるように、良い子で在り続けなくてはならないのだから。
物分りの良さも、頭の良さも、気配りも。
全てが良く出来なくてはならない。『何事もソツなくこなす』のが兄なのだ。
そんな不二先輩を裕太がいとわしいと思うことも道理。
尊敬すると同時に、嫌悪の対象となってしまうのは、仕方のないことなのかもしれなかった。