第4章 気持ちを拾う人。
「本当に…行っちまうのか?」
海堂の淋しそうな声に、俺はゆっくりと頷いた。
「俺は…兄貴と比べられるのはもうゴメンだ」
「…そうか…」
目を伏せる海堂。
(…ごめんな…俺は……)
「不二先輩…すげぇ、淋しそうだった」
「……」
知ってる。
兄貴は、俺がルドルフに行くことに最後まで反対してたから。
俺は、青学に一度は入学したものの、兄貴と比べられ続けることに嫌気がさして、観月さんに誘われるままルドルフに行くことにした。
観月さんだけが、兄貴抜きで俺のテニスを認めてくれたから。
海堂は、友達だったけど。
青学に入ってできた、最初の友達だったけど。
いつか…ライバルとして戦えればいいと思うから。
「海堂」
「何だ?」
ルドルフに行く俺が言うことじゃないかもしれないけれど…。
「兄貴を、頼む…」
「…え?」
兄貴は、弱いから。つかみ所がなくて、強く見えるけど。
近くに誰かがいなきゃ、ダメなんだ。
俺がいるから、兄貴はしっかりしなきゃ、って思えてるから。
「…相当なブラコンだから、さ」
代わりに支えてやってくれよ、なんてこと、恥ずかしくて言えないから。
俺が笑ってそう言うと、海堂はゆっくりと頷いた。
「裕太」
ルドルフに行く日。玄関先で、兄貴が俺を呼びとめた。
「……頑張ってね」
「…ああ」
俺はそれだけ言って、振り向きもせずに家を出た。
兄貴がどんな顔をしていたとしても、俺はルドルフに行く。
そう決めたけれど。実際の兄貴の顔を見れば、決意が揺らぐかもしれなかったから。
俺は、兄貴の顔をその日は一度も見ないままだった。
家を出て、最初の曲がり角。
「…海堂…」
そこに、海堂が居たんだ。
「それじゃ、な」
「ああ」
お互いに、いつも通り少ない言葉を交わして。
俺は歩いていった。
これでいい。海堂は、優しいヤツだから。