第9章 彼女と最後の青城祭
「オイ!久々に来たんならマトモに挨拶くらいしろよ!」
珍しく矢巾が声を上げて怒った。その視線の先には、
「まあまあまあ、矢巾落ち着いて。」
「及川さん。」
「久しぶり、待ってたよ。オカエリ狂犬ちゃん。」
攻守共にバランスの取れた安定感のあるバレー。それが俺ら青城のバレー。でも、それじゃあ、下から迫り来る天才も、目の前に立ちはばかる壁も倒せない。うちにあと一歩足りない、攻撃の刃。それが帰ってきた。
「何だよ。まだ三年居んのかよ。インターハイ予選で負けてもう引退したかと思ったのに。」
その言葉に俺を除く三年レギュラーの顔色が変わった。岩ちゃんなんか今にも狂犬ちゃんを殴りそうな勢い。それを俺は制止した。
「ムッフフ!相変わらず狂犬ちゃんは面白い!」
「変な呼び方しないでほしいんスケど。」
「ああっ!及川さんが居る代に同じチームでプレーできて良かった!──って思えるようにしてあげるね。」
そう言うと、狂犬ちゃんは後ろに下がった。すると、タオルを抱えてやってきた莉緒ちゃんと狂犬ちゃんがぶつかって莉緒ちゃんはその場に尻もちをついた。それに岩ちゃんが駆け寄ると、顔を上げた莉緒ちゃんが、
「あれ?なんで賢太郎がいるの?」
「なんで京谷の事知ってんだよ。」
「なんでって、賢太郎よくサークルにバレーしにくるし、」
莉緒ちゃんは、ハッとした様子で、その先の言葉を言うのをやめた。が、時既に遅し。様子から察するにサークルに通ってる事を岩ちゃんに秘密にしてたのだろう。てか、俺も聞いてなかったんですけど。まあ、そう言った所で、なんで及川に一々報告しないといけないのよ、なんて言われそうだし。
「オイ、聞いてねーんだけど、サークルの事。」
「…ごめんなさい。」
明らかに不機嫌な様子の岩ちゃん。岩ちゃんは莉緒ちゃんのお父ちゃんですか。
「莉緒。」
まだその場に尻もちをついて、岩ちゃんに睨みつけられる莉緒ちゃんの名前を狂犬ちゃんがそう呼んだ。そして、莉緒ちゃんの腕を引っ張り強引に自分の後ろに莉緒ちゃんを隠した狂犬ちゃん。その行動に、多分その場にいた全員が驚いた。特に岩ちゃんなんか、マヌケな顔してる。