第44章 誰が為に花は咲く〔跡部景吾〕
本当は私だって、二人きりで花火大会だなんて信じられないくらいに嬉しくて楽しみで、昨日はなかなか寝られなかったのに。
跡部とこうして恋人ごっこみたいなことなんて、今後の人生きっと二度とないだろうこともわかっていたのに。
でも、どれだけ考えを巡らせても、フォローの言葉は何一つ口から出てきてくれない。
跡部の前だと、ああ、どうしてこんなに素直になれないのだろう。
ふと慣れない化粧品の味がして、無意識のうちに唇を噛んでいたのだと知った。
普段は絶対につけない、ピンク色のグロス。
私なりの武装だったはずなのに、自分から取ってしまうなんて皮肉だ。
苦しくなって窓の外へ目をやると、ほの明るかった空がどんどん暗くなっていた。
車は変わらず、静かすぎるほどに静かだった。
結局あれから一言も交わさずに、会場から少し離れたところで車から降りた。
まだ会場までは距離があるのに、露店がちらほら並んでいてずいぶん賑やかだ。
足さばきの悪い和服だからか、跡部はいつもより少し歩くスピードが遅かった。
会場に近づくにつれて、浴衣姿の人が増えてくる。
色とりどりの浴衣を着て髪をアップにした女の子たちは、同性の私から見てもきらきらしていてかわいかった。
羨ましいと思いながらも、反面ほっとしている自分がいる。
同じ土俵に立ってこんな子たちと比べられてしまうくらいなら、最初から戦いを放棄する方がよっぽどよかったじゃないか。
私の選択は間違っていなかったと、そう自分を正当化してみようとするけれど、胸の奥に刺さった棘はちくちくと着実に私を蝕み続けている。