第1章 一日目
彼の全てが好き。
彼の悲惨な生い立ちを想って涙したこともある。
でも、どうしたってこの想いが叶うはずがないから、当たり前のように諦めていた。
まさか、こんな夢みたいなことがありえるなんて……。
だって、彼は本の中の人だから。
実在しない人だから……。
「……の、はずだよね?」
ユメは自分の目を疑った。
今の目線の先には、大好きなマンガのキャラクターがいた。
そのマンガとは昔から変らず大人気の「ドラゴンボール」。
そしてそのキャラクターは……。
「どう見たってアレは……トランクス……だよね」
ユメは今、建物の影から彼を、トランクスの横顔を見つめていた。
彼の後ろには見慣れた形の乗り物。タイムマシンだ。
胸がドキドキとうるさいくらいに鳴っている。
「ここは、西の都?」
マンガで何度も見た悲惨な街の姿。
それでも復興されつつあるようで、建設途中の特徴的な丸い建物がここから見える。
間違えるはずがない。
「……私なんでこんなところにいるんだっけ?」
ユメは考える。
確か……、そうだ。またお母さんとケンカして……、むしゃくしゃしてて、部屋に戻ってすぐに気晴らしに「ドラゴンボール」を読み始めて、そのまま……寝ちゃったんだっけ……?
「って、ことは……。これは夢なわけか」
ユメはやっとこの状況を理解する。
「しっかし私ったら高3にもなってこんな夢見んなっつーの……」
はぁっ、と息を吐き出す。
「でも……やけにリアルな夢」
頬にあたる風まで敏感に感じ取ることができる。
ユメはまたトランクスを見る。
「やっぱりカッコイイ……」
ユメは小学生の頃初めて「ドラゴンボール」を読んだときからトランクスのファンだった。
悲惨な未来からやってきた孤独な少年。
とても真面目で、やさしくて。その上、すごくカッコイイ。
実際にこんな人がいたら、すぐに好きになるのに……。
ちなみに今まで17年間生きていて、そんな相手にめぐり合ったことはない。
これが夢でも、その憧れの彼が目の前にいる。
「どうしよう……やっぱり話しかけるべきだよね……夢、なんだし」