第1章 かりそめの遊艶楼
❦雅紀Side❦
「とうとう行っちゃったね…」
琥珀が寂しそうに目を伏せた
「そんな顔をしていたら
太輔を不安にさせてしまうよ?
ほら、元気出して!
皆、行くよ?」
光一が琥珀の肩をポンと叩いて
皆を部屋へと連れ帰った
静まりかえった見世の前
楼の象徴でもあった紅格子だけがそこに存在していて
あぁ、それも今日まで
明日にはこの紅格子も外され
子供達が生活しやすいようにリノベーションされるのだなと思うと
それまでの此処での記憶が次々と蘇った
「……さん、 …雅紀さん、」
名前を呼ばれて振り向くと
そかには慧が立っていた
「慧。皆と一緒に行かなかったの?」
「はい…
だって、雅紀さんが…心配で、」
「…心配? 俺の事が…?」
「奏月様と藍姫様が一度に巣立たれて…
楼主様も居なくなられて…
雅紀さん、寂しいんじゃないかって…」
「寂しいのは慧もだろ…?
部屋子として和也にずっと付いてたんだからさ…」
「勿論寂しいです。寂しいですけど…でも…
それ以上に、僕は嬉しいんです…
奏月様の幸せをずっと願ってきましたから…」
そうか
そうだよね
和也も
藍姫も
幸せを掴んで此処から巣立って行ったんだ
裕の分まで…
和也には最後まで
気持ちを伝えられなかったな…
今まで沢山辛い思いをした分
どうか、どうか幸せになって欲しい
まぁ兄
まぁ兄も、幸せになってよね
新しい人生を歩む為に此処を出たんだから
必ず
必ず幸せになって
俺、頑張るからさ
悲しんでる暇なんて無いよね
守るから
託された此処の子供たちの未来を
必ず守るから…
「あの、雅紀さん…」
「うん…?」
「僕じゃっ…
僕じゃ、駄目ですか…?」
慧が耳の縁を真っ赤に染めながら
真っ直ぐに俺を見て、言った
「僕…雅紀さんの支えになりたいんです…」
「慧…」
慧の髪をふわりと撫でると
恥ずかしそうに俯いた
「ありがとう、慧」
そうだ
そうだよ
悲しんでなんかいられない
此処の子供達の為に俺は頑張らなくちゃいけないんだから
光一も
琥珀も
慧だって居る
「頼りにしてるよ、慧」
「…はいっ!」
慧に
いつもの笑顔の花が咲いた
「行こうか」
右手を差し出すと
慧がおずおずとその手を掴むから
ギュッと握りしめ、歩きだした