第35章 誘拐未遂事件/安室
もう1人、スタンガンを持った男も叫びながらさくらさんに向けて走り出す。
同時、ナイフを蹴飛ばされた男も我に帰ると拳を振り上げた。
これは流石に厳しいか、加勢に行こうと腰を浮かしたのだが、またしてもその心配は杞憂に終わる。
さくらさんは左肩に担いでいた鞄を足元に下ろすと右手で弄んでいた傘を持ち直し、剣道の小手の要領でスタンガンを弾き飛ばした。そのまま傘を持ち替えて柄の部分で男の鳩尾を突く。
膝から崩れ落ちた男には目もくれず、さらに体を半回転させてもう1人の男の顎にハイキック。そいつは泡を吹いて地面に転がった。
「う、うわああああああ!」
さくらさんが車の方に向き直ると、それまで車のドアにしがみついていた男は大声をあげて胸元から何かを取り出した。
震えるその両手に握られていたのは38口径ほどの拳銃。
既に撃鉄は起こされ、指は引金に掛かっている。
これまでのことから考えるとわざわざ僕が手を出さなくともさくらさん自身でなんとか出来そうだ。
僕はこの一件に関して傍観者を決め込むことにした。さくらさんの命が危なくならない限りは何もしないでいよう。
「ねえ、教えて欲しいんですけど。」
さくらさんは軽くズボンの埃を払うと、徐々に男との距離を詰めていく。
「うるせえ!こっちに来るな!撃つぞ!!」
自分に向けられた銃口に怯むことなく、ゆっくりと、一歩ずつ。
そして丁度僕の隠れているところまで来ると立ち止まった。
「あなた達に私を連れて来るように頼んだのは誰ですか?」
「だ、黙れぇぇぇ!」
パァン、と乾いた音が辺りに響いた。