第11章 鬼さん、こちら。✔
途方もなく長く長く感じながら一瞬で過ぎ去った、あの日の夜。
私は人間ではなくなった。
『……ほたる…』
男達をバラバラに引き裂いた後、真っ赤に染まっていた私の視界と脳内を引き戻したのは、大好きなひとの声だった。
『…ほたる、ちゃ…?』
呼ばれるままに足を向けた。
呼ばれるままに手を伸ばした。
死体が転がっている中で、動いているのは姉さんの〝色〟だけ。
朧気な意識の中でそれを見つけた時、急激にお腹が空いていることに気付いた。
腹の底が開きそうな程の空腹が訴えかけてくる。
それと同時に朧気な色から伝わる匂いが、まるでご馳走のように感じた。
『蛍、ちゃん…どう、したの…何が、あったの…?』
『グル…ル』
『蛍──』
『ガァア!!』
口から涎がほとばしる。
その欲望に従うように、目の前の柔らかい肉に喰い付いた。
初めて口にした肉は温かくて、柔らかくて、瑞々しくて、とても美味しかった。
次から次へと食欲が湧いてくる。
目の前の体を喰らい尽くせと声がする。
でも。
『ッ…ごめん、ね…』
頬に、優しい何かが触れた。
『いつも…ひもじ、い思い…ばかり、させて…』
朧気だった色が、はっきりと輪郭を持つ。
遠くで聞こえていた声が、すぐ傍に届いた。
『姉、さ…が…病気に、なっちゃったから…』
頬を優しくなぞる、震える指先。
それは私の頬にこびり付いた血を、丁寧に拭ってくれた。
『ごめ…ね…蛍…』
あ、と声を漏らすように。
口から力が抜けた。
『…ね、さ…?』
がくんと落ちる姉さんの手が、夥(おびただ)しい血に染まっていた。
特に色が濃い箇所には、鋭く深く裂けた噛み跡。
『ね、さん…ッ』
人としての思考も失っていた私に正気を取り戻させてくれたのは、他ならぬ姉さんだった。
病弱な体を張ってまで。
私が噛み付いても、男達のように悲鳴一つあげなかった。
『姉、さ…姉さん…っ』
『ほたるちゃ…ああ…やっぱり、蛍ちゃん、だった』