第37章 遊郭へ
「斬られた私がいいって思えれば、なんだっていいでしょ? ね、カナヲちゃん」
「…っ」
相手は柱。その指摘を否定していいのか、迷うカナヲの顔は戸惑いしか映していない。
頷くことも、頸を横に振ることもできずに、あたふたあたふた。
声こそ出していないが、出していないからこその挙動不審さがまた初々しい。
その姿にはなんとなく見覚えがあって、蛍はああと一人頷いた。
共に蝶屋敷で入浴した際に、炭治郎への好意を三人娘のきよ達から聞かされた時のことだ。
感情が見えない少女だったが、その時だけは彩豊かに蛍の視覚を訴えかけてきた。
まるで恋心を宿している乙女のように。
「そういえばカナヲちゃん、あれはまだ持ってるの? 銅貨」
「…ぁ」
深いことは知らないが、カナヲが炭治郎に好意を寄せるきっかけに、あの物事を決める手段の銅貨があることはなんとなく知っている。
ふと思い出した何気ない問いかけだったが、蛍の言葉にきょとんと表情を止めたカナヲが──じわりと、頬を染めた。
ずっと胸の前で握りしめていた拳の中に、それはあった。
開いた掌に置かれた銅貨が〝表〟だったから、カナヲは蛍に声をかけようと決めてくれたのか。
それともお守りのように握りしめて、自分自身の意思で伝えに来てくれたのか。
詳細はわからない。
それでも、その姿だけで十分だった。
銅貨を瞳に映して桜色に染まる少女は、かつて見た乙女のままだ。
「うん。やっぱりカナヲちゃんはあっちだね」
「?」
「ほら、鎹鴉も飛んできたから。新しい任務を持ってきたんじゃないかな」
蛍が指差す先を見れば、確かにカナヲの鎹鴉が空を飛んでいる。
少なくとも鬼殺に関することだろう、高度を低めていく黒い翼に、カナヲは慌ててぺこりと二人に向けて頭を下げた。
上手い締めの言葉など思い付かず、そのままぎこちなくも背を向けて去っていく。
半ば逃げるように見えても可笑しくはない少女の背中を、蛍はひらひらと手を振り温かく見送った。