第33章 うつつ夢列車
「……」
杏寿郎と蛍。
二人だから生まれる空気を邪魔しないように、千寿郎は一人玄関内で息を潜めていた。
口を挟もうにも挟めない。
それでも気になる瞳はちらちらと二人を覗き、杏寿郎越しに目を開いた蛍と重なる。
どう反応したものかと立ち尽くせば、背中に回していた片手がぱたぱたと手招きをしてくるではないか。
自分が行ってもいいものか。
迷いはしたが、想いは違えど二人が大好きなのは千寿郎も同じなのだ。
「っ…あの、僕は夕餉の準備に」
恐る恐ると踏み出す。
用事だけ告げて台所へ行こうと決意すれば、届く距離に踏み出した途端、蛍の手がぱしりと手首を握った。
「わ…ッ」
「千くん捕まえたっ」
容赦なく引き寄せられて、ぶつかるかと思った体は杏寿郎の背には触れなかった。
背中に目でもあるかのように、タイミングよく体をずらした杏寿郎の手が千寿郎の肩を握る。
「千寿郎の言っていた意味がようやくわかったっ」
「夕ご飯は一緒に作ろう!ってことで千くんもぎゅーっ」
「ぁ、わ、」
「うむ!」
あれよあれよと引き込まれて、二人の腕に抱きしめられる。
自分が言った言葉の意味とは何か、と疑問に思ったが、問う余裕もなくあたふたと見渡す。
右を見れば、わははと声を上げる杏寿郎がいて。
左を見れば、ほくほくと笑う蛍がいる。
世界に二人だけではない。
そこに確かに自分も触れられているのだと実感させてくれる。
先程、杏寿郎が共に生きて行こうと告げてくれたように。
それが自分の兄と姉なのだ。
不安げに下がっていた千寿郎の眉が僅かに上がり、おろおろと開閉していた口角が緩む。