第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは

「は…っあ…杏…ッふあッんっ」

「ん…っ蛍の声も体も、隅々まで全て甘いな…っ」

「や、ぁっ…ァあッもっはぁ、んッ」


　視覚を強く刺激してくる杏寿郎の舌の愛撫に、翻弄されながら。後追いをするように、濡らしに濡らした蜜奥も揺さぶられる。
　その度にひくりと喉は震え、じんと体の芯が痺れ、思考が蕩けていくようだ。

　恥ずかしいことをされているはずなのに目が離せない。
　それ以上に濡れた足先からも、揺さぶられる蜜奥からも、絶え間なく快感の波が寄せ合い流し込まれていく。


「は…っきょ…っじゅ」


　止まることのない快感の波。
　その度に微かな震えが幾つも連なり重なり合っていく。
　やがてそれは絶頂の波に攫われる予感に辿り着くのだ。

　既に何度も経験した蛍の体には、十分浸み込んでいた。


「ひぁっ…杏、寿郎…っ」

「っは…我慢するな、何度でも」


　ふるふると震える蛍の指先が、縋るように杏寿郎へと伸びる。
　名を呼ぶ声の意図を汲み取った杏寿郎は、先を促すように頷きかけた。

　ふとその頭が、乱れた蛍の髪の中に埋もれる煌めきを見つけて止まった。

　喘ぐ蛍の髪が白い花嫁衣裳の中で乱れ、絹糸のように散っている。
　それだけでも思考に刻み込みたくなる艶やかさと美しさを兼ね備えていたが、外れかけている櫛には無視ができなかった。

　蛍は外れても構わないと言ったが、それでもできることならその身に飾っていてもらいたい。
　腿を抱いていた杏寿郎の腕は自然と下がり、視界をきらきらと輝かせる櫛へと伸びていた。


「蛍」

「ふあッ…！？」


　絶え間ない波に攫われようとしていた体が、不意に強い力で引き寄せられる。
　ぐっと腰を抱かれて蜜奥が抉られ、体が跳ねる。
　しかし絶頂への足掛かりとなる前に、蛍の視界は反転した。


「な…っき、杏」

「すまん。体が痛んだか？」

「ぅ、ううん」

「ならこのままで」

「え…？」


　引き起こされ、一瞬視界いっぱいに焔色の髪が広がる。
　それも束の間、次に眼下に広がったのは色鮮やかに開くアネモネの花々。