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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは



「きもちいい…」

「ああ…ずっとこうして微睡んでいたい」


 甘くも心地良さを伝える蛍の声に、杏寿郎も微笑む。

 待ち望んだ蛍のなかだ。
 本来ならすぐにでも貪り喰らっていたというのに、何故だかそれすら勿体なく感じた。

 勿論、貪りたい欲もある。
 それでも長年鍛え上げた意思が、ぎりぎりのところで理性の糸を繋げていた。

 ようやく触れられたのだ。
 ようやくひとつになれた。
 身体だけでなく、心も同様に。
 その幸福感をまだ全身で感じていたい。


「……」

「……」

「…杏、寿郎…?」

「ん?」

「…えと」


 蛍も最初こそ心地良さに目を細めていたが、やがてそこにも限界はくる。
 一度果てたと言っても、軽く気をやっただけだ。
 熱を与えられたところで放置されれば、ふつふつと繋がり合ったところから熱が燻り出す。


「その…」


 ひとつになれた心地良さは勿論ある。
 しかしそれだけでは足りない。

 いつもは杏寿郎の欲の方が蛍を喰ってかかる勢いだが、今夜は蛍が負けた。


「動いて、くれないの…?」


 杏寿郎だけではない。
 自分にだって浅ましい欲はある。

 そう告げるかのように、すり、と脚を腰に触れ合わせる。

 はぁ、と憂いを帯びた熱い吐息をついて。


「杏寿郎が、ほしい」


 懇願するように囁けば、びきりと杏寿郎の額に青筋が浮かんだ。


「?…杏寿──ひゃあッ!?」


 途端に固まってしまった杏寿郎から、うんともすんとも返事はない。
 もどかしそうに蛍が再度その名を呼べば、皆まで口にする前にがばりと目の前の体が起き上がった。


「あッ…杏…っ?」


 高く上げた蛍の片脚を抱いて、見下ろす二つの双眸は薄暗い部屋でもわかる程にぎらついている。
 その目に〝喰われる〟と悟った瞬間。


「ひぁッ!」


 ずんっと強いまでの衝撃が蜜壺を抉った。

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