第24章 びゐどろの獣✔
「頭だけ残すってんなら、折角だ。柚霧にも一発くらい殴らせてやれよォ。アイツの死に際を利用しやがったんだ、それくらいの権利はあるわなァ」
「……うむ…」
「?」
しかし返された杏寿郎の表情は、たちまちに陰る。
珍しいその表情にと言うよりも、そこで口籠る杏寿郎に実弥は目を疑った。
「だが蛍は、鬼舞辻を恨んではいないと言ったんだ。死にかけた自分の命を拾った鬼だと」
「はァ? 何言ってやがんだ、どう見たって諸悪の根源は鬼舞辻だろォ」
「蛍の体を鬼にしたのはな。しかし蛍の心を鬼にしたのは、人間だ。柚霧と、その姉君を殺した男達だ」
「……」
「蛍は、鬼舞辻の手から罪なき人々を守りたいと思うが、あの男達の前でだけは悪鬼になってしまうと言っていた。本来、そんな自分は鬼殺隊にいていい存在ではないと。…その思いを向けられた時、俺は何も言えなかったんだ」
鬼との戦闘で死の縁まで追いやられたことはあれど、命を落とす経験などしたことはない。
ここで自分は終わりなのだと体が先に察して、頭に知らせてくることなど想像もつかない。
知らないから、同調できるはずもなくて。
納得してしまったから、覆せる言葉を思い付くはずもなくて。
何も言えなかった。
命の灯火を消そうとした過去の蛍に、無惨という鬼以外、誰も何もできなかったように。
「悪鬼は余すことなく斬首すると決めている。しかし蛍を取り巻くものだけは、無視できない。それを否定してしまえば、蛍を否定してしまうことになる。…こんなこと蛍に出会うまでは考えもしなかったんだが…」
「……煉獄、お前」
語尾を濁し、口籠る。
杏寿郎らしかぬ複雑な横顔を見ながら、実弥は開きかけた口を閉じた。
守りたいものがある。
逸らさずに見ていたいものがある。
ただそれを思うだけで、突き動かされる程の衝動が湧いてくる。
血に染まった道を一人歩むことも、そのものの平和の為に己が礎になることも躊躇しない。
それだけで人はどこまででも強くなれる。
(弱く、なりやがって)
それだけで、人はまた弱くなるのだ。