第23章 もの思へば 沢の蛍も 我が身より✔
熱に犯された頭の中も、一瞬ふわりと浮く。
「はぁ…っ…?」
息を乱したまま、柚霧は長い睫毛を瞬いた。
いつもとは違う感覚だが、確かに体が高みへと押し上げられた。
じんと余韻を残す熱の中に、程好く心地良さを感じる。
手の甲を額へと乗せて深く息をつけば、顔にかかる影。
見上げれば、爛々と目を輝かせ見下ろす杏寿郎の顔があった。
「気持ちよくなれたようだな」
そう、心底嬉しそうに笑うのだ。
情事とはかけ離れた無邪気な笑顔に、柚霧は思わずろのろと掌で顔を覆った。
「柚霧?」
「……て…した…」
「む?」
「…果てて、しまいました…」
胸と脇の愛撫だけで達するなど、そんなこと今まで一度もなかったというのに。
そこまで淫らな身体だったのかと羞恥を感じる一方、心は満たされてしまった。
「うむ。とても愛らしかったな!」
目の前の彼が、それはとても嬉しそうに声を弾ませてくるのだから。
「なんだか杏寿郎さんに体を作り替えられてるような気になります…」
「ははっ俺には嬉しい限りだな。だからそう嘆くな」
ぽそぽそと掌の内側で呟く柚霧を、あやすように抱き上げる。
裸の背中を背後から抱き締めて肩に口付ければ、くすぐったそうに柚霧が振り返った。
「嘆いては、いないです。…恥ずかしくはあるけれど」
「ふ、そうか? ならよかった」
優しく目を細める杏寿郎が、柔らかな弧を描く唇を幾度も肌へと降り散らす。
肩に、背中に、首筋に。
まだまだ降り止む気配のない所有の証もまた、くすぐったくて心底甘い。
「ん……っ!」
浸るように甘い吐息を零した時、不意に柚霧の肩が強張った。
恭(うやうや)しく杏寿郎が口付けているのは、細いうなじ。
つい数刻前、童磨に鋭い牙でそこに噛み付かれたことを思い出した。
跡形もなく完治していても、一日も経っていないのだ。
感覚は未だ鮮明に残っている。
『美味そうだなあ…』
じゅるりと溢れる唾液を飲み込むかのように、真っ赤な鮮血を吸われ強く牙を突き立てられた。
女としてだけでなく、鬼に喰われる餌としての人間の気持ちがわかった気がした。
紛れもなく、あれは捕食行為だ。