第14章 温泉旅行へ*1日目夜編*
「……ない……を」
「………桜の…に……ように…」
「そ……仕事が……失礼…」
「……だ…」
寝付いて間もない頃。部屋の前で話し声がするので目を開けた。そのまま寝ていようかと思ったけれど、自分の名前が出てきて、自然と耳を澄ませる。
うーん、聞こえない。光秀さんの声だと思うんだけど。
声を潜めているらしい会話が途切れた。どうしても気になった桜は、そっと立ち上がり襖を開ける。
もう誰もいないかと思われた暗い廊下の柱に、光秀が静かに寄り掛かっていることに驚いた。どこか警戒したような顔が、桜を見つけて意地悪に笑う。
「お早いお目覚めだな」
「光秀さん、何してるんですか?」
桜の隣は三成だし、端の部屋だ。光秀がここに立つ理由がない。
「風に当たっていただけだ」
「ここで、ですか?」
「悪いか?」
「いえ…」
別に風に当たるなら部屋でもいいだろうに。何となく、嘘をつかれているような気がした。
「あの、どなたかとお話してました?」
「今お前としているな」
「もうっ、からかわないでください」
憤る桜に、光秀は意地悪な笑みのまま近づいて、顎をすくう。綺麗な顔がアップになって、体が固まってしまう。
「…っ?」
「早く、寝ろ」
「…は、い」
何をするでもなくそう言うと、光秀はすっと手を放して行ってしまった。