第14章 温泉旅行へ*1日目夜編*
夕食を楽しむ桜を、政宗は眺める。吉次からお盆を取ってきたのは嘘ではなかったが、それを指示したのは信長だった。
「桜の部屋まで持っていってやれ」
貴様が適任だろう、と。周りに有無を言わせない信長の言葉。
願ってもない役目に指示通り来てみれば、桜は部屋の前をうろうろと考え事をしながら歩き回っていて。それはそれで面白い見せ物だったが、その目元が赤くなっている事に気づいた時、政宗は密かに動揺した。
「そんなに見られてると、食べにくいよ」
「悪いな。お前が旨そうに食べるのが可愛くて、見惚れてた」
「いつも一緒に食べてるのに」
照れたような顔でくすりと笑う。政宗の中に燻る熱情に、静かに火が灯るけれど。
今は、駄目だ。
妙にすっきりとした顔はしているものの、こんな桜に手を出せない。
泣いたのか。
拳を握り締めていることに気づいて、桜に気づかれないように息を吐く。
違う意味での涙なら、いくらでも流させたい所だが。好きな女が、目元が荒れるほど泣くところはみたくない。
普段の政宗なら、この機に乗じて触れて、慰めて。あわよくば抱き締める。
けれど、広間から出ていった秀吉の様子と、信長の言葉と、桜の顔と。総合して考えれば、今そういう行動をとるのはあまり賢くないように思われた。