第2章 相合い傘の魔法<徳川家康>
「参ったなぁ…」
桜は、軒先から空を見上げていた。
針子の仕事で仕立てた着物を届けに城下に下りて、届け先の仕立て屋の旦那と話し込んで外に出てみれば、外は曇天。
急いで帰ろうと歩を進めていたけれど、間に合わずに振り出してしまった。
慌てて傍の長屋の軒先に飛び込んだはいいものの、雨は段々と強くなっていく。
いっそ濡れるのを覚悟して、今のうちに走って帰ってしまおうか。
そう思うけれど、余りものだからと、仕立て屋の旦那が桜にくれた上等な布地を包む風呂敷を濡らしたくないのが本音で。
仕事として出てきたから、お金も持って来ておらず、傘を買うこともできない。
すでに仕立て屋まで戻るにしても距離がある。
桜は、ふうとため息をついて、ぼんやりと地面へ落ちる雨粒を見つめた。
ふと、視界の端に、歩いてくる足が映る。その足が、桜の目の前に来て、止まった。
不思議に思った桜が顔を上げると、
「家康…?」
思わずぽかんとしてしまう桜を、当の家康は呆れたような顔で見て、軒先まで歩いてくる。
「何してるの、あんた」
「雨宿り…」
「…それは、見たら分かるけど」
そう言うと、家康は自分の持つ傘を傾けて、少し拗ねたように口を開いた。
「入っていけば?…仕方ないから」
「え…いいの?」
「入らないなら、置いていくよ」
本当に置いていかれそうだと思った桜は、慌てて家康に駆け寄り、家康の左側を歩く。
至近距離にドキドキしながら、桜は疑問を抱いた。
家康は、何の用があって城下まで来たのだろう?
「もしかして…迎えに来てくれたの?」
そう問うと、家康はちらりと桜を見やり、すぐにまた視線を真っ直ぐに戻す。