第11章 温泉旅行へ*1日目午前編*
「ま、政宗…」
「ん?」
ニヤリと口端を釣り上げて笑うその顔に息をのむ。腰に回された手に力が入り、さらに引き寄せられた時。
「おや」
空気を壊す第三者の声に、政宗の目つきが急に剣呑なものに変わった。桜は、真っ赤になりながら慌てて政宗の手を振りほどき、後ずさった。
「よ、吉次さん」
「お邪魔してしまいましたか、申し訳ありません」
「いえ!邪魔なんて…」
ブンブンと首がはちきれるのではないかと思うほど振って、否定する桜の姿に、政宗が何か言いたげな視線を送る。
「そうですか」
「おい、行くぞ」
桜の手を引き、その場を後にする。吉次の、いってらっしゃいませという声に見送られた。
「あいつ、わざとじゃねえだろうな…」
「何か言った?」
ぼそりと呟いた声が聞こえず、桜が聞き返すけれど、何でもないと返ってくる。
政宗は、割り当てられた部屋へとそのまま桜を連れてきた。女中が菓子とお茶を用意して運んできてくれる。
新しい宿だけあって、畳は新しいい草の匂いが芳しく、調度品も綺麗に調えられている。眼下には川が流れ、木々が青々としている。季節が違えば、見事な紅葉が見られるだろうことが容易に想像できた。