第33章 キューピッドは語る Side:You <豊臣秀吉>
「ご、ごめんっ、謝るからそれだけはやめてっ」
「……」
引きつる顔で必死に家康の腕を掴んでいたら、ようやく引き返すのをやめてくれた。顔はまだ不機嫌に拗ねたまま、だけど。
「次同じような事言ったら、知らないからね」
「はいっ」
ジロリと睨まれて、つい背筋が伸びた。秀吉さんの事を相談できる相手が出来た事が嬉しくて、家康には何でも言っちゃってるんだった。怒らせないようにしないと…。
「秀吉さんの事だけど」
「うん?」
「そんなに簡単に諦めなくても…いいんじゃないの」
再びお城へ向けて歩き出しながら、家康がぽつりと呟いた。言い方はぶっきらぼうだし、私の事を見てもいないけど…たぶん、励ましてくれてるんだよね。
あっさりとしたその言葉が、霞がかかるようにもやもやとしていた気持ちを晴らしてくれる。
「…うん」
きっと秀吉さんからしたら、私なんて手間のかかる娘程度の認識だろうけれど。少しずつでもいい、その認識を変えていけたら。
「うん…私、諦めない」
「そう」
確固たる決意を胸に頷いた私に、家康が微かに微笑んだような気がしたけれど、くぐった城門の陰にごまかされてしまった。
「だから家康、また協力お願いねっ」
「ほんと調子良い…」
やれやれ、って顔をした家康と一緒に、お城の廊下を部屋へ向かう。外を歩いていて思ったけど、今日は昨日ほど暑くないみたい。
「よく考えてみたら、秀吉さんとあんなにお話出来たのは大進歩だと思うな」
「食事の話しかしてなかったように見えたけど」
「何も話さないよりいいじゃん」
「食い意地張ってるって思われてなきゃいいけどね」
「え…」
部屋の襖を開けようとしていた手が、思わず止まった。緊張しててあんまり覚えてないけど、何を話していいか分からなくて、目の前にあるご飯の事ばかり話しかけてたかも…。話題に困って、一度家康に助けてもらったし。
「どうしよう、意地汚い女って思われた!?」
「…冗談なんだけど」
「どうしよう、どうしよう…」
「……」
家康がいつの間にかいなくなっていたことに私が気が付いたのは、ひとしきり頭を悩ませた後だった。