第32章 キューピッドは語る Side:H <豊臣秀吉>
二人の関係に口を出すつもりなんか、無かった。たとえ俺の隣じゃなくたって、惚れた女が幸せそうに笑ってりゃ、それでいい。
だがとうとう、我慢の限界が来ちまった。
軍議の合間の昼食。やって来たさとみが家康のそばまで歩み寄って行くのを眺めていた。
二人が何を話してたかなんて、知らねえよ。だが、その普通じゃない様子は、俺にだって分かる。嫌がるさとみに、家康が何か無理強いしていた。
折にふれて感じていた、家康のさとみへの対応の酷さに対する不満が爆発した。衝動的に動いた体のまま、家康へ詰め寄って。さとみの腕を解放させて。
「いい加減にしろ、家康」
二人が驚いたように俺を見る。すまん、さとみ。お前にとってはただの痴話喧嘩かもしれねえし、お節介かもしれねえ。だが、俺も引けない。
「お前にはずっと言いたかったことがある。皆もいるし、ちょうどいい機会だ。今ここで言わせてもらうぞ」
「何ですか」
何ですか、じゃない。
お前のダメな所を指摘して、皆にも証人になってもらうからな。
「お前がそういう性格なのは分かる。だが、好きな女くらい、ちゃんと甘やかしてやれ。好きならちゃんと捕まえとかねえと、横から攫われちまうぞ」
「……」
あんぐり、と口を開けて。家康が俺の顔を見ている。そこで俺は、広間がやけに静まり返っていることに今更ながら気がついた。
怒りに熱かった頭が冷えてくると、周りの奴らの表情もちゃんと見えてくる。真っ先に掻っ攫う宣言をしそうな政宗は、広間の入口でぽかんとしているし。事の成り行きを見守って下さっていた信長様は、可笑しそうに頬を弛緩させている。
「…くくくっ…」
すぐそばから漏れ聞こえた笑い声に目をやれば、光秀が肩を震わせている。それと同時に聞こえる、大きな大きなため息は。
「秀吉さん…後半の台詞、そのままお返ししますよ。それと、あんたにもね。さとみ」
「う…っ」
家康の言葉に反応したさとみを、初めて間近で見た。顔色を赤や青に変えながら、居心地が悪そうに顔を伏せる。
ちょっと…待て。さとみにも、だと?
混乱する頭で、俺は数日前からの記憶を辿る。