第10章 温泉旅行へ*出立準備編*
「御館様、近隣の領地の大名が挨拶に参っております」
「入れ」
軍議をしている大広間。上座には信長が座り、脇には武将たちが並んで控えている。その末席に、今日は桜も座っていた。
「本日は、是非御館様を我が土地へご招待したく参りました」
安土城からほど近い領地の大名が、信長の前に低頭し恭しく言葉を紡ぐ。聞けば、最近新しく温泉が湧き、旅館を調えたため、最初に泊まりに来て欲しいというものだった。
「温泉か、悪くない。城からすぐだ、従者はなくともよいが…貴様らはどうする」
信長が、居並ぶ武将たちを眺めて言う。
「来いと言っていただけるのなら、もちろんお供しますが」
秀吉が即座にそう答えるも、他の武将達からは色よい返事が出ない。今は皆忙しい日々。近いとは言え、一日かけて温泉に行っては職務が滞る。
信長もそんなことは百も承知で、では秀吉だけ連れて行こうかと思っていたとき、末席にいる桜と目が合う。
「桜、貴様はどうする」
「…私も行っていいんですか?」
「構わん。共に湯を堪能するがいい」
桜は愛らしい顔を花が咲いたようにぱっと輝かせて、嬉しそうに頷く。
予期せず桜を連れて温泉に行けることになって、信長は内心大名を褒めていた。
「では、秀吉と桜は俺と共に来い」
「はっ」
「はい」
「他に行きたい者は…」
「「お供します」」
だんまりを決め込んでいたはずの他の武将達から、同時に声が上がる。全員の短い温泉旅行が、急遽決まった。