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【イケメン戦国】紫陽花物語

第28章 それゆけ、謙信様!*遁走編*





「ま、どうせ春日山に斥候でも配置して、桜の様子を見守る気でいるんだろうがな」

「そう思うのなら、せいぜいあの娘を大事にしておくことだな…軍神にもそう伝えろ」

「ああ。言われなくとも」



二人の間に、ひと時の沈黙が落ちた。冷たい風が吹き付けて、桑の葉が音を立てる。



「さて、と。安土にいる理由も無くなったし、逃げるかー」



のんびりと独りごちて、信玄は刀をしまうと光秀にくるりと背を向けた。そのまま、散歩でもするかのようにぶらぶらと歩き出す。



「逃がすと思うか?」

「逃がすさ。その約束だろ?話してみて分かった、お前は桜に関する事なら正直だ」

「……」

「決着なら、戦でな」



黙ったままの光秀に手を上げて、信玄の足は止まらない。光秀はふっと笑うと、刀を鞘に戻した。



桜は桑畑を抜けて市に入り、人混みの中を進む。息を切らしながら、それでも速度を落とさずにいると、すっと横に人影が並んだ。



「こっちだ、桜さん」

「佐助君…!」



佐助に導かれ、細道に折れた。背後を確認してから立ち止まり、乱れた呼吸を整える。



「無事に城を出られたんだね」

「無事、かどうか分かんないけど…佐助君にもらった物が役に立ったよ、ありがとう」

「それはよかった。桜さん、今のうちに…」

「見つけましたよ」



場違いなほど穏やかな声に遮られ、慌てて振り向く。細道を塞ぐように立つのは、にっこり笑った三成とどこか不服そうな家康だ。佐助が桜を背中に庇うように、前へ一歩出る。



「家康、三成君…」

「桜。戻ってくるなら今だよ。あの戦狂いと一緒にいて、あんたが幸せになれるとは思えない」



家康が三成を押し退け、険しい顔をして桜へ言葉を投げかけた。口は開かないものの、三成も同意するような目を桜へと向けている。



「確かに、家康の言う通りかもしれないね…でも、私は謙信様と、一緒に幸せになりたいの。それに、私はきっと、そばにいられるだけで十分だから」



こうして謙信の事を考えて言葉を紡ぐだけで、桜の胸に温かな想いが満ちてくる。無意識に浮かぶ桜の笑みに、二人は瞠目した。

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