第26章 それゆけ、謙信様!*氷解編*
…ずるい。
町屋敷の並ぶ通りを駆ける。静かなその風景とは裏腹に、桜の心は騒ぎ続けている。
ずるいよ。
さっきから、その言葉ばかりが頭の中をぐるぐると回る。いつの間にか駆けていた足は、ゆっくりとした歩みに変わっていて。
口の悪い幸村の言い方に、桜がむっとして言い返して、喧嘩になるのが常だった。素直じゃなくて、照れ屋な事は分かっていたけれど。
「ずるいっ」
腹が立って、大きな声が口をついて出る。怒りが早足を生み、桜はずんずんと歩いていく。
急に好きだなんて言葉を口にして、抱きしめて。答えなんて期待してない、と言っておきながら。挙句の果てには唇まで奪っていった。
「…なんでっ…」
口づけたあとの幸村の瞳が頭から離れない。切ないような、寂しいような。
幸村との口づけの熱が。
手を掴まれた感触が。
別れる刹那、振り返って桜を見た幸村の笑顔が。
今幸村の全てが、桜の心をかき乱している。こみ上げてくる衝動に、桜はぐっと唇を噛み締めた。
「幸村の、馬鹿っ…!」
次に会ったら、文句を言って。
…それから。
「それから…?」
間近に城門が見えてきて、桜は歩みを緩めた。
ひどい顔、してないよね?
むにむにと顔を揉んで、確かめる。彼らは、桜の事となると敏感なのだ。少しでも違和感があれば、気付かれる。絶対に。
「きゃっ…!?」
自分の事に夢中で周りを見ていなかった桜の体が、唐突に引っ張られた。咄嗟に上げそうになった悲鳴は、塞がれた手によって消える。
「黙ってついて来い」
「…っ」
幸村が食い止めてくれているはずの謙信が、息も乱さずそこにいた。桜を引いて、城から離れて行く。しばらく歩いて解放された桜は、恐る恐る尋ねた。
「あの…幸村、は」
「お前が走り去った後、していた事を指摘してやったら呆気なく通してくれたな」
「そ、そうですか…」
口づけの事を言っているのだろう。見られていたと思うと顔から火が出そうだけれど、それ以上に。
幸村の…役立たず…!!