第24章 それゆけ、謙信様!*遭遇編*
「…さて、じゃあ行こうか」
嫌みのない仕草で、桜の事を引き寄せた信玄はその手を取った。
まだ日は経っていないというのに、いつの間に詳しくなったのか。信玄は迷う事もなく歩みを進めて、かんざし屋や根付や帯留めなどの帯飾りを並べた屋台など、桜の喜びそうな店をのんびりと回っていく。
少しでも桜の目に留まる物があれば手に取り、髪や帯に着けて「似合うよ」と微笑んで。そのまま代金を払ってしまいそうな信玄を、桜は必死で押しとどめた。
昼が近づき、桜が空腹になる頃を見計らって食事処の戸を叩く。好きな物を頼みなさいと桜に告げて、決してお金は受け取らない。
その後、腹ごなしに川沿いや野原を散歩して。桜が疲れる前に、いつの間にか甘味処の前までやって来ていた。計算しつくされた信玄の行動に関心すると同時に、あまりそういう事に慣れていない桜は、ひたすら恐縮して落ち着かない。
「どうした、姫。そんな顔をして」
「いえ…すみません。こんなにしていただくのは初めてで…その」
注文した甘味が来るのを待つ間そわそわしていた桜が、目を瞬かせながらそう呟くのを見て、信玄が目を細める。
「そんなに緊張しないで良い。こういう時は、素直に甘えておきなさい」
「は、はい…」
「でも、嬉しいな。ということは、俺が初めての逢瀬の相手なわけだ」
首を傾げ、伺うような視線で桜を見る信玄の眼が、色を含んで輝いた。
じっと見つめ続ける信玄の視線に耐え切れずに、桜は熱い顔を俯かせる。
「そういう純朴な所も、君の良い所だ」
「からかわないで下さい」
「本気だよ」
信玄の大きな手が、桜の膝の上の手にそっと乗った。優しい力が込められて、そこから体へと熱が伝染していく。
「お待たせしました!…あら?そちらのお方は昨日の」
「…ああ、君は」
甘味の乗った盆を持ってきた女性が、信玄の顔を見て声を上げた。それに信玄は、少し気まずそうに返事をする。
「ここの子だったのか」
「ええ、偶然ですね。昨日私に声をかけて来たと思ったら、今日は違う方といらっしゃるなんて」
桜の体の熱が、嘘のように引いていく。