第22章 温泉旅行へ*家康エンド*
微笑み合う二人の耳に、馬の嘶きと蹄の音が聞こえてきた。家康は一人ばっと立ち上がると、桜にはそのまま座っているように身振りで指示する。
じっと、音のする方を睨む家康の目の前に現れたのは。
「信長様」
二人をじっと見るその姿に、家康は嫌な記憶がよみがえる。
「無事か」
「はい、大丈夫です」
目を向けられた桜がこくこくと頷いた。その様子に、信長は硬い表情をゆるめた。黙ったまま、桜と家康の両方を見比べてから、口端を吊り上げる。
「桜。そやつに不満がある時はすぐに言え。俺がいつでも貴様を迎えてやる」
「…そ」
「そんな事態にはなりませんから」
桜の言葉を遮って、家康が強い口調で信長を睨む。家康の態度に怒ることもなく、愉快そうに笑ってから、信長は馬を翻した。
「昼には発つ、遅れるな」
「…は」
唐突に現れた信長が、再び唐突に去っていくのを見送って。ため息をついた家康が、桜へと手を伸ばす。
「宿に帰ろう」
「うん」
伸ばした腕を桜の脇の下へ入れて、家康はその体を抱き上げた。高い高いをするように持ち上げた後で、首元へと桜の腕を誘導する。
「ちゃんと治るまで、俺があんたの足になってあげる。他の奴に頼るのは、禁止だからね」
「うん…分かった」
馬上へ桜を乗せて、家康もその後ろへさっと跨る。
「素直で可愛いよ…桜」
「っ…」
手綱を握る家康の腕が後ろから回されて、桜を力強く抱きすくめる。ちゅ、と頬に唇が触れて、桜の心臓は宿を離れてからずっと忙しなく暴れ続けて仕方ない。
「もう…家康」
「何。嬉しかった?」
「…うん…嬉しい」
心から幸せそうに微笑む桜が家康を見て。今度は、それまで余裕を見せていた家康が、どきりとする番だった。
二人同じように鼓動を速くさせながらも、それ以上に感じる幸福に、二人同じように浸り続けて。
家康エンド 終