第22章 温泉旅行へ*家康エンド*
「桜」
「おい、桜」
「…え?」
茶碗を持ったまま呆けていた桜の眼の前で、手がひらひらと舞う。その主は、隣に座った政宗だ。
「そいつの隣でぼーっとするんじゃない。何をされるか分からないだろうが」
「ああ、惜しかったな。悪戯してやろうと思っていた所だったのだが」
二泊を終えて、三日目の朝。広間で全員集まって、今は朝食をとっている。桜の逆隣でニヤリと笑う光秀に、そらみろ、と政宗が桜を見る。
「うん…」
「さっきから、どうかしたのか?」
心配するように顔を覗き込んでくる政宗に、桜は慌てて首を振った。
「何でもないよ!今日、帰るんだなあって、思ってただけ」
「なんだ、寂しいのか?」
「うん、まあ…」
誤魔化せたことにほっとして笑う。政宗と会話をしながら、ちらり…と斜め前に視線を送る。
うう、やっぱり言い出せない。
「あまり食も進んでないようだな。俺が食べさせてやろうか」
「だ、大丈夫ですっ」
光秀が箸を手に乗り出してくるのを必死に押し戻し、慌てて自分で箸を進める。
「桜、そいつらの横じゃ落ち着いて食べられないだろ…俺と代わるか?」
政宗の前に座る秀吉が、三成の世話を焼きながら桜に声をかける。
「代わるなら、秀吉さんとじゃなくて三成と代わって」
口を挟んできたのは家康だ。隣が三成のせいで、先程から機嫌が良くない。桜は、はっと家康を見る。
「あ、家…」
「桜はここでいいだろ」
せっかくの勇気が、政宗のせいで萎んでいく。こっそりため息をついていると、上座から信長がこちらを見ていることに気づく。
「貴様ら、喧しいぞ。桜、ここへ来い」
「あ…はい…」
ちょうど食べ終えた桜は、身一つで信長の隣へ移動した。政宗が、不満そうに唸る。
「そんなに怒るな、政宗」
まあ飲め、と湯呑みを差し出す光秀を睨み付け、
「誰のせいだっ」
引ったくるように湯呑みを受け取り、政宗はぐいとそれを飲んだ。