第16章 温泉旅行へ*2日目昼編*
にわかに通りが騒がしくなった。遠くからの喧騒が、徐々にこちらに近づいてきているような気配がする。
普通ではない様子が気にはなるけれど、家康にとって目の前の桜の方が大事だ。そのまま続けてしまおうとして、桜の目が自分を見ていないことに気付いた。騒ぎが気になるのか。
口づけて、俺のことしか考えられないようにすればいいか。
勝手にそう決めたけれど、騒ぎがとうとう大きくなってきて、家康も気にしないわけにいかなくなった。振り向くと、二人に向かって馬が駆けてくる。人の往来を無視した暴走のような走り方に、逃げ惑う人々の声だったらしい。
馬の背に乗る人物の姿に、家康からさっと血の気が引いていく。
あ…俺、殺されるかも。
「家康」
「…はい」
ほとばしる殺気。家康は返事をするので精一杯だ。
「信長様、どうして」
桜が驚いた声を上げる。桜を見る時だけ、信長の目が少し優しくなった。
「貴様らが遅いから、迎えに来てやった」
「信長様が…?」
信じられない、という顔の桜の元まで馬が近づいてくる。信長が腕を伸ばして、桜を馬上まで抱き上げた。
「きゃっ…!」
「桜、帰るぞ」
「えっ、でも」
「家康は勝手に帰って来い…いいな」
「はっ…」
桜の意思など無視して、馬は風のように去っていく。後には家康がぽつんと残された。
ほんと、あの人無茶苦茶…。
殺されないだけマシだったと、ため息をつく。
言いたいことは言ったから…まあ、いいか。