第1章 何でもないような。 四男
『一松くん』
そう呼ばれて目を開けた。
二人を包んでいた暗闇がいつのまにか明け、柔らかな朝日が窓から部屋へ差し込んでいた。
『遅刻しちゃうからもういくね?お昼は作ってあるから食べてね。それと洗濯お願いしていいかな?』
少し焦ったように早口でまくし立てる彼女に僕は、
「うん。やっとくよ」
と眠い目を擦りながら応えた。
『ありがとう、助かるよ』
既に彼女は鞄を持って会社へ行こうと靴を履いているところだった。こんな時間まで寝ている僕みたいなニートとは大違いだ。
『じゃあ行ってきま___』「待って」
「その‥‥会社‥‥行く前に‥‥‥‥」
そう小さな声で途切れ途切れに言うと彼女は少し照れながら柔らかい唇を僕の唇にくっつけた。
『じゃあ行ってくるね』
会社へ向かう彼女に手を振りながら愛らしくて小さな背中を見つめた。
「やっぱかわいいな」
一人で呟いてどうしようもなく照れる。
こんな幸せな時間を僕みたいなゴミが味わうのはどうかと考えていた時もあったけど、彼女はそんな僕でもいい、そんな僕だからいいんだ、と言ってくれた。
こんな何でもないような時間が、もっともっと続きますように。