第17章 歌を忘れたカナリヤ
その人は、とても美しい声の持ち主だった
ー ガラガラッ ー
『お兄さん…!』
『やぁ。また来てくれたんだね
今日はお母さんにちゃんと言ってきたの?』
それまで読んでいたんであろう、雑誌を
テーブルに伏せて
その人は、とても綺麗に微笑った
『…う、うん。言ってきた!』
『ふふっ。嘘は感心しないなぁ?』
『…ゴメンナサイ。
お兄さんの歌、聞きたくて…』
あぁ、怒ってるよね…
帰りなさいって言われちゃうかな…?
上目遣いにそっとその顔を覗き込むと
青く透き通った顔のままのお兄さんの口角が
ほんの少し上がっているのが分かって、ホッとした
『…ちょっとだけだよ?
聞いたらまっすぐ家に帰ること。わかった?』
『うん、わかった…!』
お兄さんは、目を閉じてすうっと息を吸い込み
斜め45度に傾けられたベッドに身体を沈めたまま
骨ばった指先だけをテーブルに伸ばし
爪先でゆっくりとカウントを取った
…1、2、3、4、
『〜♪
歌を忘れたカナリヤは
うしろの山に捨てましょうか
いえいえ、それはかわいそう
歌を忘れたカナリヤは
背戸の小藪に埋けましょうか
いえいえ、それはなりませぬ
歌を忘れたカナリヤは
柳の鞭でぶちましょうか
いえいえ、それはかわいそう
歌を忘れたカナリヤは
象牙の船に銀のかい
月夜の海に浮かべれば、
忘れた歌を思い出す…』
この、今にも消え入りそうな儚い歌声を聴く度に
心を揺さぶられるような、何とも言えない気持ちになるんだ
『凄い…
凄いよ、お兄さん!』
『ふふ…ありがとうね?
君も…一緒に歌ってみるかい? 智くん』