第18章 縁の時間
少女を寝かせたまま、俺はしばらく経ってから今起こっている事態に気がついた。
蝶が安心して寝ているのは別にいい……いや、良くは無いのだろうが、不安が消えているのならばそれでいいと俺は思う。
だが問題はそこじゃない。
「……出るか、出まいか」
蝶の張った特別性の壁に触れながら項垂れる。
この中にいる限りは他の第三者から存在を認識されるような事態には陥らない…が、蝶をこの硬い屋根の上に寝かせておくというのは少し気が引ける。
だからこそさっきも昼寝中に蝶を移動させたわけなのだが。
俺以外の大人の男に触れられた…くらいならまだしも、あわよくば行為に及ばれようとしたような状況に遭ってしまったのであれば。
俺はただでさえこいつに甘いと言われているが、事情が事情であるだけに誰かに口出しさせる気はない。
蝶を少し強めに抱え、重力操作で壁の破片が刺さったりあたったりしないよう注意しながら、片手で蝶の作った壁を破壊した。
これを壊せるような奴は、普通の人間にはまずいない。
俺が異能を使ってようやく破壊できるようなレベルの代物だ。
壁を破壊し終えてゆっくりと蝶を腕に抱き、横抱きにして屋根から降りて校舎に入る。
すると教室の中からイリーナが出てきて、こちらに急いでかけつけた。
「あんた達どこに行ってたの!?あのタコがどこ探してもいないって…鬱陶しいくらいにずっと教室の隅でうじうじしてんのよ!!?」
「ああ…それは悪いな。担任のせいじゃねえ事だけは確かだから、またちゃんと機嫌直さねえと……ってそうだ、それもそうなんだが、やっぱりこいつの事一旦ちゃんとした所で寝かせるわ。ちょっと詳しく聞いてみると厄介な事があったらしくてな」
「寝かせるって…!厄介な事?」
「……蝶の事寝かせてからな。手前には話しておく…他の奴らは教室にいろ。盗み聞きでもしようもんなら俺は迷わず手前らに手を出すぞ」
耳を済ませているであろう餓鬼共には聞こえているだろう。
少し殺気を含ませたこの声に、怖がられるくらいが丁度いい。
まあ早い話はイリーナを連れて出ればいいだけなのだが、流石に俺もそこは大人だ。
やっている事は大人びたことではないのだろうが、蝶が絡むのであれば俺はいつだって本気だ。
「は、はい…とりあえず布団用意しておいたからこっちのベッドに。扉だけ閉めておくわね」
「…すまねえな」