第2章 質問。
「セブルス、ちょっといいですか」
ここなんですが…とキラは開いた本の一文を指す。
"beat zelkova sap 3 minutes."
「ケヤキの樹液を3分叩くってどういうことですか? 叩いて何か変わるのでしょうか」
温室でゆったりと過ごす日曜日。
これまでダモクレスと二人、特に会話もなく読書をするだけだった時間に、最近変化があった。
「叩くんじゃない。これは混ぜるんだ」
「混ぜる? stirじゃなくてbeatって書かれてるのに、ですか?」
黒髪の少女が一体どういうことだ、とばかりに詰め寄ってくる。
彼女はキラ・ミズキ。
スリザリンの一年生なので、後輩にあたる。
日本人である彼女は英語が弱い。
話す分にはあまり支障はないようだが、専門的な言葉や類語となるとやはりわからない単語が出てくる。
そんな彼女なので本のレシピが意図する手順を解説してやることがよくある。
「泡立つくらいに激しく混ぜる、ということだ」
「beatってそんな意味もあるんですね」
「料理本にはよく出てくる表現だ」
「そうなんですか?」
キラが意外そうな顔でじっと見つめてくる。
「……なんだ?」
「あ、いえ…料理、されるんですね」
「…やらないこともない」
魔法薬学の調合に似たところもあるので料理は嫌いではないが、素直に料理をするとは何となく気恥ずかしくて言えなかった。
「すごくきっちり分量を量ってそうですね」
「…さぁな」
まさにその通りだったが、曖昧に頷く。
そして、まだ何か言おうとしているキラより先に口を開いた。
「時間は3分じゃなく、3分30秒が好ましい」
「へ?」
「3分だと少ない。4分では多すぎて失敗する」
「あ、はい、わかりました!」
羊皮紙に書き写していたレシピの掻き混ぜる時間"3分"に"+30秒"と書き足すのを確認する。
「ありがとうございます」
隣で微笑んでいるだろうキラを感じながら、本の続きを読み始めた。
夕食までの間にあと何回質問が来るだろう。
読書の邪魔をされるのは嫌いなのに、それを待っている自分がいるのは不思議な気分だった。
end