第76章 ヒソップ
今年の夏は、クソ暑い。
いつもの夏の比じゃない。
観測史上最高を叩き出したほどだった。
頭が茹だるとはこういう事を言うのだろう。
こんなに暑いと、ついあの夏のことを思い出してしまう。
「綾野…ちょっと」
同僚の野瀬が、こそこそと話しかけてきた。
「なに?ケーキまだ…」
「いいから…」
ぐいっと腕を引かれると、もうすぐ閉店してしまうマキシム・ド・パリのいちごのミルフィーユをトレーに乗せたまま、給湯室に逆戻りした。
「なに…野瀬…」
「しっ…」
人差し指を口に当てて、怖い顔をした。
思わず黙ると、野瀬はひとつ頷いて給湯室の中をそっと覗き込んだ。
ドアが付いていないけど、入り口から中は見渡しにくい構造になっている。
訳がわからないながらも、野瀬に続いて給湯室の中をそっと覗き込む。
「!?…」
慌てて口を閉じた。
なんとあの大野さんが、コーヒーを持ったままの櫻井課長にグイグイ迫っているではないか!
「移動の話…」
「あ、ああ…」
「本当ですか?伸びたって」
「え、うん…って、言えないって俺からは…」
「大事なことなんです」
「え…?」
どうやら、移動のことを聞いているらしい。
しかしこれは…なんと麗しい風景なんだっ!
そう…私と野瀬は…
腐っている。