第39章 【Desire】11 智の心さまリクエスト
もののけは、表情がない。
言葉もしゃべらない。
だけど一緒にいると、まるで百年も前からずっと一緒にいるようだった。
大きなくりくりとした目で俺を見つめて、じっと傍にいる。
それだけなのに…
毎日、俺は杜に通った。
じいさんたちは、そんな俺を必死で引き留めようとしたが、無駄だった。
どうやら、もののけの居るところは禁足地になっているらしく、村の人は踏み込めないようだった。
毎日毎日、何を喋るでもなく…
じっと俺たちは身体を寄せて、ただぬくもりを分け合っていた。
「もののけ…」
夕闇がだんだんと空を覆って来る頃、たまらなく寂しくなる。
「離れたくない…」
そう言うと、決まって表情がないのに悲しそうな目をする。
そしてゆっくりと俺から体を離すと、杜へ消えていく。
後を追ってはいけない気がして…
仕方なく俺は家に帰った。
やがて秋になって…冬が来る頃…
東京から両親がやってきた。
明日、俺を連れ戻すという。
深夜、家を抜け出した。
暗闇の中、杜へ入った。
もう、戻るつもりはなかった。
大きな岩にたどり着くと、もののけを呼んだ。
「もののけ…頼む、出てきてくれ…」
何度も何度も呼んだ。
だけど、もののけは姿を現さなかった。
涙が溢れてきた。
「頼む…俺を、連れて行ってくれ…」
月明かりが岩を照らしてる。
静謐な闇に、一筋の光が見えた。
「もののけ…」
悲しそうな目をしたもののけが、その光の中に居た。
近寄ると、腕を伸ばした。
もののけは俺の胸に飛び込んできた。
「ずっと…一緒にいよう…?」
見上げたもののけの唇に口付けた。
「ずっと…おまえと一緒だよ…?」
もののけは、悲しげに笑うと俺の手を取った。
「さとし…」
次の日、鎮守の杜で見つかった男は
息をしていなかった
END